国文学専攻が選ぶ、Kindle無料書籍おすすめベスト10
Kindle無料書籍の素晴らしさ
スマホが普及して、電子書籍利用者も一気に増加しました。
中でもKindleは、Amazonで手軽に買えるので便利です。その中には、無料の書籍もあり、かなりの数の書籍が無償で読むことが出来ます。しかし、はっきり言ってリソースの無駄としか思えない、程度の低い電子書籍も少なくありません。
一方、パブリックドメインとなった古典の名作は、無料で読むにはもったいないほど価値があります。私自身、かつて二十歳くらいの時に、熱狂して読んだドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』は、BOOK OFFで100円で買ったものでした(上下巻で200円)。
古典の感動は、値段に左右されず、等しくもたらされます。
というわけで、文学部国文学専攻のわたしのすすめる、Kindleで無料で読める日本の近代文学を紹介しようと思います。一般教養としても読んでおきたい作品ばかりです。
無料で読める日本の近代文学おすすめベスト10
1. 夏目漱石 『坊っちゃん』
言わずと知れた日本を代表する文豪、漱石。
私自身は、あんまり漱石を愛読した記憶が無いのですが、『坊っちゃん』は本当に好きで何度も読み返した作品です。明治の時代でも、坊っちゃんのような一本気の男は珍しかったのです。近代人は理屈ばかりが多くなります。
もうひとつ勧めるなら『夢十夜』です。
先日、ゴルフ誌の原稿に援用するという、過激なことをやってみました。今読んでも不思議なストーリーで、過去のアニメをリメイクするくらいなら、この作品を映画化したほうが面白くなりそうです。
漱石は、『三四郎』、『それから』、『門』の三部作。
グレン・グールドが座右に置いたという『草枕』などもひと通り読みたい本です。
漱石といえば『こころ』、では大人の教養としてはいかにも物足りないところです。
2. 森鴎外 『舞姫』
私も知らなかったのですが、高校の教科書に掲載している『舞姫』は一部抜粋なんだとか。
こんないい作品を全部読まないなんて考えられません。
日本の近代文学が、『舞姫』のような至高の作品からスタートしたことの幸福を思うと、気持ちが高ぶってクラクラしてきます。本当に素晴らしい作品で、こちらも映画化推奨。
現代日本人は、すでにこの雅文体が読めないかもしれません。
有名な冒頭、「石炭をば早はや積み果てつ」や、作品のクライマックスでの「我豊太郎ぬし、かくまでに我をば欺き玉ひしか」とエリスが絶叫するところなど、極めて趣き深いシーンもこの文体ならではの格調の高さがあります。
研究者でも『舞姫』の素晴らしさが理解できない人が少なくないのは大変残念なことです。
ちなみに、この作品は明治のスーパーエリート、鴎外の実体験を元に書かれてます。ヒロイン、エリスのモデルになった人は、のちに鴎外を追いかけて日本までやってきたりしてます。
他の鴎外作品では、『高瀬舟』『雁』あたりがおすすめです。
漱石と並ぶ文豪として尊敬される鴎外ですが、極端に読まれてないですよね。無料書籍は、そんな作品に光を当てる良い機会だと思います。
3. 芥川龍之介 「藪の中」
短編小説の名手である芥川龍之介は、古典から着想を得た作品をいくつか残しています。
その中でも、「藪の中」は、ある事件に関するさまざまな証言が矛盾して、真相にたどり着けないというお話です。真相は「藪の中」という言葉は、たぶんこの作品からきてます。その点からも読んだほうがいい作品。
研究者の間でも解釈が割れています。
芥川は天才すぎて、切れ味が鋭い短編が多い反面、力のこもった長編のない作家です。
逆に現代では読まれやすい作家かも。
「神神の微笑」、「南京の基督」、「或る日の大石内蔵助」など、今読んでもゾクッとくるほどの天才ぶりです。とにかく先が見えすぎてしまった人、という印象。
神経衰弱の錯乱の中で書いた傑作「河童」ももちろんおすすめ。
4. 有島武郎 『一房の葡萄』
有島武郎は世評は微妙な作家です。人妻と不倫関係の末に心中したりしているので、同時代でも酷評されたりしてるのですが、個人的にはもう本当に好きな作家です。
おすすめするとしたら、『一房の葡萄』。
今読んでも、胸の奥を苦く刺激する、良心と郷愁を描いた傑作です。
有島は、短い作品にいいものが多いです。
「小さき者へ」、「クララの出家」、「生まれ出づる悩み」、「惜みなく愛は奪ふ」といい作品ばかりです。逆に評価の高い長編『或る女』は、長いわりにいまいちだし、テーマも過去のものです。スルー推奨。
『カインの末裔』も、無論おすすめです。
非常に現代的なテーマだと思いますが、やや難解な作品です。
私個人も、高校の担任に「お前はカインの末裔の主人公のようだ」と言われたことがあり、思い出深い作品です。
こうして考えてみると、現代的な作家ですね、有島武郎は。
主題が複雑だし、抑制を効かせながらの強い感情表現がすごく上手い。
再評価されてもいいのではないかと思います。
他の白樺派と比べても、明らかに違う景色を見てるなと。
5. 中島敦 『李陵』
三十三歳で夭折した中島敦。
作品も少ない彼がいまだに著名なのは教科書に載っている「山月記」の影響でしょう。しかし、完成度で言えば「李陵」のほうがずっと上。近代文学史に宝石のように輝く傑作です。
「弟子」もおすすめ。やや難解ですが「名人伝」も良いです。
全体的に漢字の多い作家ですが、すぐに慣れます。
私が最も好きな作家の一人ですが、上記以外の作品はもうひとつです。
本当に死の直前に、何かが舞い降りたように、いい作品をたてつづけに書いて死んだ、奇跡のような作家です。
6. 坂口安吾 「いづこへ」
安吾好きな人、多いですね。
太宰が好きと言うと抵抗のある人も、安吾ならあんまり抵抗なく好きと言えそうです。
「いづこへ」なんですが、研究史でもあまり取り上げられないのですが、安吾の最高傑作のひとつだと思っています。矢田津世子のこととか、背景に色々あるわけですが、そんなことは作中にはほとんど書いてなくて、知らなくても読めるようにできています。その辺も完成度の高さです。
坂口安吾は多才な作家で、歴史小説からミステリー、エッセイなどあらゆるジャンルの作品を残していますが、はっきり言って玉石混交です。
そのなかで、「いづこへ」からの一連の連作は、ほんとうに涙を流さずにいられない傑作揃いです。
でも、読むひとは選ぶでしょう。全くわからない人もいそうです。そういう作家ですね、安吾は。
矢田津世子に対する態度も、意味不明の人も多いのではないかと思います。私は、何年もかかって、すこしづつ安吾の事が理解できたような気がします。わからないことを長い時間を書けて考えることも、時には必要なのではないかと。
メジャーどころでは、『堕落論』がおすすめ。
一般常識として、読んでおいたほうが良い作品です。
私も、太宰の「如是我聞」、小林秀雄の「モオツアルト」あたりと並んで、何度となく読み返したい作品です。
7. 太宰治 『斜陽』
太宰治と言えば『人間失格』が有名なんですが、『斜陽』のほうが圧倒的に完成度の高い傑作で、日本の近代文学の代表作のひとつだと思います。
太宰は、過去の小説を無茶苦茶勉強してる人で、自身を「二十世紀旗手」というだけあって、19世紀の芸術である文学を現代に進化させようと苦心した人です。初期の「葉」とか「道化の華」のような作品を見ても、かなり実験的なことをやってます。強烈に前衛だった人で、『斜陽』は構造がかなり複雑なんですが、そのあたりが結晶した素晴らしい作品です。
「ヴィヨンの妻」なんかも完成度が高いです。「トカトントン」も。
太宰の作品は、読んで面白いものが多くて、まさにセンスですね。太宰を痛烈に避難した三島由紀夫も晩年には、近代で最も才能があった人などと評しています。太宰を嫌いということが、若き三島のアティチュードだったんですね、きっと。
傑作ばかりの太宰ですが、『富嶽百景』は、御坂峠で恩師の田中実先生に直接講義を受けるという経験もあって、忘れられない作品です。
それにしても我ながら、心中する作家が好きだなとw
太宰治 『斜陽』
太宰治「ヴィヨンの妻」
太宰治『富嶽百景』
8. 中原中也 『在りし日の歌』
中也が好きで好きで、何度もその詩集を読み返した私のような人間にとって、中也の詩がパブリックドメインになって、電子書籍となって読まれることは、大いなる喜びです。中也の詩集は、『在りし日の歌』と『山羊の歌』の2冊しかないので、Kindleでほとんどの作品が読めます。
今でもファンが大変多い詩人ですが、それは詩がすばらしいからに他ならないのです。
中也は生前は一部でしか評価されませんでしたが、中也自身が遥か彼方を見て、サンボリズムにもとらわれず、普遍的ないい詩をたくさん書きました。長谷川泰子と小林秀雄のこととかも有名ですが、詩の素晴らしさを考えたら、取るに足らない話です。
中也の魅力のひとつが、叙情。
「帰郷」や「冬の長門峡」がその頂点です。
10年くらい前に、中也の詩の題名でブログを書いていたりしてたのですが、いつも座右には中也がいます。
これが私の故里だ
さやかに風も吹いている
心置なく泣かれよと
年増婦の低い声もするああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云う(「帰郷」)
昔私は思っていたものだった
恋愛詩なぞ愚劣なものだとけれどもいまでは恋愛を
ゆめみるほかに能がない
(中略)ああ それにしてもそれにしても
ゆめみるだけの 男になろうとはおもわなかった!(「憔悴」)
ではああ、濃いシロップでも飲もう
冷たくして、太いストローで飲もう
とろとろと、脇見もしないで飲もう
何にも、何にも、求めまい!……(「秋日狂乱」)
そういえば、この年代は、優秀な文学者が多いです。
ちょっと上には小林秀雄、河上徹太郎あたりがいますが、中原中也、太宰治、坂口安吾、大岡昇平、埴谷雄高、中島敦、武田泰淳あたりもみなこの辺りの世代です。
9. 新美南吉 『ごんぎつね』
「ごんぎつね」はいつ読んでもいいです。
悲しいのが嫌な人は、「手ぶくろを買いに」を読みましょう。
10.内村鑑三 『後世への最大遺物』
内村鑑三は、近代の日本にもたらした影響は非常に大きい人物です。
「如是我聞」で激しく衝突する志賀直哉と太宰治ですが、両者とも内村に強い影響を受けてるのは面白いですね。
その割に、かなり過小評価されてて、あんまりいい作品が電子書籍化されてないです。
『代表的日本人』や『キリスト教問答』、「余は如何にして基督信徒となりし乎」あたりがオススメです。
求む、Kindle化。
まだサラリーマン時代の話ですが、新橋の会社に出社する前に日比谷図書館に通い、内村鑑三全集をほぼ読破したことがあります。分厚い全集を二巻ずつ持って帰り、夢中で読みました。仕事はきつかったですが、いい思い出ですね。
惜しくもベストテンに入らなかった作品
惜しくもベストテンに入らなかったのは、こちら。
次点なのでAmazonへのリンクはありません。検索推奨です。
・ 島崎藤村 『夜明け前』
藤村の最高傑作ですが、長すぎるので次点。日本の近代文学史に残る作品です。
・ 岡倉天心 『茶の本』
岡倉天心は、毀誉褒貶相半ばする人物ですが、書いているものはなかなか面白いです。
一冊あげるならこれ。
・ 宮澤賢治 『やまなし』
宮澤賢治作品、Kindleにすごく多いです。おそらく200冊は超えていると思います。
人気がありすぎるので次点。クラムボンは笑ったよ。
・ 小川未明 『赤いろうそくと人魚』
宮沢賢治と比べると、もう少し評価されても良さそうな小川未明。
ちょっと難しいですが「野ばら」とかもいいです。この辺は小学生に読ませたい作品。
まとめ
無料の電子書籍となると、どうしても古典中心になるわけですが、それはいわば歴史の風雪に耐えて残った傑作。教養という点からも読んでおいて損はないのではないかと感じます。
程度の低い文章を読むと魂が腐ります。みんなで古典を読みましょう。
太宰治、中島敦、坂口安吾、中原中也など夭折した作家は、パブリックドメインになるのが早い。幸か不幸か、Kindleで読めるわけです。同世代で長生きした作家は、まだまだ当分かかりそうですw
パブリックドメインになった作品は、ただ電子書籍になったわけではなくて、青空文庫をはじめとした善意のボランティアの方々の尽力で成立しているわけで、その点、感謝しかないです。
紙の本で全部持ってはいますけど、やはり手軽ですからね。
海外文学でもやりたかったのですが、作品群がかなり貧弱なので諦めました。
次回は有料版で、やりたいと思います。
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